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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2348号 判決

被告 東京相互銀行

事実

原告桑島みよは請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は数年前、夫に死別れ、肩書地に宅地百七十八坪七合六勺及同地上建物一棟延三十九坪一合九勺を所有し、両眼失明の一子と共に間貸収入によつて生活をなしているものである。

二、処で被告岩代寿美枝の内夫土建業の訴外細矢正次郎が、原告の元養子下村昭三の紹介で昭和三十四年六月中旬頃より原告方と二、三回来訪する内に、同人は原告の前記不動産に着目し「相当の財産を持ちながら僅の収入では老後の生活が覚束かない、自分は今だと軽量鉄骨の残材があり又職人の手もすいている、此の土地建物を担保にして三百万円借入れると二百万円で土地を買い、百万円を材料手間に当てれば鉄骨アパートが建ち極めて安定した生活ができる」と甘言を以て勧められ、斯ることに知識乏しい原告は其の言葉を信じ同人の申す通り昭和三十四年七月三十日第一項記載の土地建物に抵当権設定登記をなし被告東京相互銀行から三百万円借受け、同金員は前記計画遂行の為め細矢が保管したのである。

三、然るに、訴外細矢は前記約束を履行しようとしないのみか原告がわざわざ不動産業者に手配し好適地を探しても之に同調せず保管金の一部を自己に消費していたが昭和三十四年十月頃に至り原告の請求を糊塗せんが為に、原告方敷地の一部に保管中の金で取あえず一棟を建て当面の収入を計るがよいと言うので、原告は之も止むを得ぬこと思い承諾したところ、同人は約百万円で別紙目録記載の建物を翌年二月頃完成してくれたので一応安心していたのである。

四、処が訴外細矢は、其の後も言を左右にし頭初の約束を履行しないので原告は不安の念にかられ昭和三十五年十月十日頃法務局杉並出張所に参り登記簿を閲覧して見ると、原告不知の間に別紙目録記載不動産を東京法務局杉並出張所昭和三十五年二月十六日受付第三四〇一号を以て被告岩代寿美枝名義に保存登記が為され且つ同所同年三月二十一日受付第七〇九一号を以て被告東京相互銀行に対する債権極度額百五十万円の根抵当権設定登記が為されてあるを発見し呆然とした次第である。

五、而して、別紙目録記載建物は、原告の敷地に原告が借用した金で、ガス、水道工事も原告名義で為した如く原告の所有として建築したものであり、又完成した建物は借金整理の為め訴外細矢が管理していたもの訴外柴田勝郎外二名への賃貸契約も亦原告名義で為されてある如く之が原告の所有であることは明らかである。被告岩代が本件建物に何等関係なく、原告所有建物につき自己名義に保存登記を為し、抵当権設定登記を経由せることは訴外細矢との共謀により自己の金融に利用した全く無権限による無効のものであつて、被告東京相互銀行も亦原告に対抗すべき理由がないので本訴請求(請求の趣旨については判決理由4、5参照)を為したものである。

被告株式会社東京相互銀行は、主張及び抗弁として次のとおり述べた。

一、本件家屋は原告の所有に非ずして名実共に被告岩代の所有である。

即ち右家屋は被告岩代自身が主債務者として被告銀行より借入れた建築資金が原告の出捐により完済せられたときは原告に所有権を移転し且その登記手続をすることにして野沼工務店次いで多田工務店にその建築を請負わしめて完成した被告岩代の所有家屋である。

原告が訴状請求原因第二項に於て主張する昭和三十四年七月三十日土地建物担保に被告銀行より借入れた金三〇〇万円は、被告岩代が借主であつて、原告が借入れたものでないことは原告も自認しており、本件家屋が被告岩代の右借入金三〇〇万円の内約一〇〇万円を以て建築せられたものであることも亦原告の自認しているところである。従て其の間何等特約の存することが認められない本件に於ては被告岩代所有の資金を以て建てられた右家屋の所有権が被告岩代に存することは寔に明白なりといわなければならない。

本件家屋は偶々原告所有地上に建築せられたものに係るところ原告は結局右の一事を以て何等建築資金を負担することなくして同家屋の所有権を主張するものに外ならず甚だ失当である。

唯右家屋は原告の将来に資する為め訴外細矢等の尽力により建築せられたものである関係上将来原告が被告岩代等の出捐を完済したときは原告に所有権を移転すべく予定されていたものに過ぎない。斯る家屋につき未だ原告の為め所有権移転登記が為される前に於て被告岩代の手により被告銀行に対して為された根抵当権設定並代物弁済の特約は有効である。

二、信託契約の主張(省略)

三、通謀虚偽表示の主張(省略)

四、表見代理の主張

仮に以上いづれもその理由がないとしても被告岩代が昭和三十四年七月三十日原告所有の土地建物に抵当権を設定し原告を連帯保証人として被告銀行より金三〇〇万円を借入れたことは前叙の如く原告の自認するところであるが原告は右借入手続のすべてを訴外下村、同細矢に委任し同人等に於て原告を代理し直接原告名義を用いて其の手続を為したものであり又原告が本件家屋の管理を右細矢に委任していたことは原告の自認しているところ細矢は右各基本代理権を超えて右家屋につき被告銀行の為め本件根抵当権を設定し且代物弁済の特約を為したものであつて被告銀行は細矢に斯る権限ありと信じ且かく信ずるにつき正当の理由あるものであるから右抵当権設定並代物弁済の特約は有効である。

五、むすび

被告岩代は同人名義を以て被告銀行より前記金三〇〇万円次いで金一五〇万円右二口合計金四五〇万円を借入れたところ右金員が如何に使用せられたかは原告及び訴外細矢、下村三名間の内部関係であつて被告銀行の関知するところではない。

原告は土地はあつても金がなく而か老令且世事にうといところからかねて信頼していた同居の養子下村昭三並細矢正次郎に対し家屋の新築、資金の調達、竣工家屋の管理等一切を委任していたものであつて偶々右三名の関係が円滑を欠き之が為め原告が損害を受けたとしても右は原告に於て甘受すべき筋合であり善意無過失の金融機関たる被告銀行に転嫁すべきものではない。

而かも若し原告が本訴で主張する如く原告自身が本件家屋の所有権を確保し且同家屋につき被告銀行の為め設定せられた根抵当権並代物弁済の特約を無効なりとして其の登記の抹消を得んか、原告は重大なる過誤をおかし乍ら何等の出捐を為さずして本件家屋の完全なる所有権を取得し他面何等過失のない被告銀行が莫大な損害を蒙る結果を来すものであつて其の不当たるや言を俟たたい。

被告岩代寿美枝は抗弁として次のとおり述べた。

一、本件建物が本件原告所有とするために建築されたものであり、実質的には原告所有に属することは認める。

二、しかし、被告東京相互銀行から金融を受ける方法として原告は信託的に被告岩代に同建物所有権を移転したものであり、仮りにそうでないとしても原告合意の上仮装的に岩代所有名義としたものであり、未だ右信託契約または仮装行為の目的は終了していないから原告の請求に応じられない。

三、右信託契約または仮装行為の詳細は被告東京相互銀行の主張と同様である。

理由

1、原告主張の本件建物が原告所有とするために建築されたものであることは被告岩代寿美枝の認めるところであり、証人下村昭三、細矢正次郎の各証言によれば、訴外下村昭三及び訴外細矢正次郎は訴外細矢の内縁の妻被告岩代名義で原告を連帯保証人、原告所有の本訴外の土地建物を担保として被告株式会社東京相互銀行から三〇〇万円を借り入れ、後にこれを返済し同様担保で訴外共栄信用金庫から七〇〇万円の借増しをした資金を訴外下村及び訴外細矢間で彼此融通し、原告には全然交付しなかつたというから右訴外人細矢において本件建物建築資金を一時支出し、同建物を原告の所有としたが、さらに同建物をも利用して被告東京相互銀行から金融を受ける必要上訴外下村昭三と訴外細矢正次郎とが相謀つて同建物を被告岩代所有名義に保存登記をしたに過ぎず、同建物の所有権は依然として原告にあつてこれを右被告に譲渡したものでないことが認められる。

本件建物の建築資金が現実には訴外細矢から支払われたとしても、前認定の関係で結局原告がその所有の別口土地及び建物に多額の担保がつけられることになつたことからすれば、原告は何らの負担もなく本件建物所有権を取得したものとはいえず、本件建物を原告の所有とするのに不自然はない。

2、本件建物について前記のように被告岩代所有名義の保存登記をし、次いでこれに原告主張の各登記に表示された担保権(代物弁済に関する契約も含め)を設定被告銀行から金融を受けることに原告が了解を与えていたとすれば、同建物所有権の帰属はともあれ、被告銀行は右担保権を取得する場合が生じ得るところ、証人細矢正次郎、山本光治の各証言によれば、原告は事前に右了解を訴外下村昭三及び細矢正次郎に与え事後にも被告銀行の係員に承認の意を示していた旨の申述はあるが、証人下村昭三の証言及び原告本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、前記被告銀行からの当初三〇〇万円の融資金は原告のためにアパートを建築するための資金入手のためであつたのにそれが実現せず、原告にはそのうちから全然資金が交付されなかつたこと、しかもその後の前記訴外共栄信用金庫からの借替へ、借増しについては原告の了解が得てなかつたふしがあること、本件建物について被告岩代名義の保存登記がなされ被告銀行に担保権が設定された後、原告と被告銀行係員との間でその善後策を協議した際原告は甚しく興奮していたことなどが認められるので、原告が前記被告岩代のための保存登記及び被告銀行のための担保権設定に了解を与えるなどということは通常の場合考えられず、また事後の交渉の際の言動をとらえて右了解が事前または事後にあつたものとはなし難く、右了解があつた旨の前記各証言は採用し難く、むしろ、そのような了解がなくなされたとする前記下村証言及び原告本人尋問の結果に信をおくの外はない。

もつとも、成立に争いのない乙第一号証、証人下村昭三の証言、原告本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、原告と訴外下村昭三とは幼少の頃から養子縁組をし、同訴外人は原告の養子として養育され、一旦離縁した後も再び養子縁組をし、さらにまた離縁してまでも僅かの期間を除いて終始同居したり、同一屋敷内に居住したりして母子を名乗つていたことが認められるので、あるいは同人等は戸籍上の記載にかかわらず実親子であるかの疑もあり、常に親子一体となつて原告は本件建物の建築やその資金の調達同建物の処分などを訴外下村に一任していたのではないかとの疑の余地はあるが、右下村証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は訴外下村の度重なる不信行為のために同訴外人の行動に警戒心を持ち、原告の実印の所持や使用をさせないように注意していたこと、前認定の被告銀行からの三〇〇万円の融資の際も訴外下村の言よりも訴外細矢のすすめに信頼を寄せ、しかもその融資手続上の書類作成の際もみずから、その場に臨んで訴外下村に一任してはいなかなたことなどがうかがわれるので右原告と訴外下村との関係からは原告が本件建物の処分を訴外下村に委せたであろうと推測することは困難であり他に同建物について被告岩代の所有名義に保存登記をし、これに被告銀行のため前記担保権の設定をすることに了解を与えたとみるべき特別な事情を認定するのに足りる証拠はない。

3、被告銀行が本件建物にその主張の担保権を設定してその主張の登記を経たのは、同建物を岩代の所有と思い、同被告を担保権設定者と思つて、同被告を契約の当事者としてなしたものであることはその主張自体から明らかなことである。したがつて、このことを厳格に解すれば、その担保権設定契約にたとえ訴外下村及び細矢が関与したとしても、それは単なる仲介者的立場以上のものである筈はなく、本来原告所有である本件建物についての担保権設定について訴外下村及び細矢について原告のためのいわゆる表見代理関係の生ずる余地はあり得ないことになる。

もつとも、被告銀行の表見代理の抗弁とする趣旨は、要するに原告は当初被告銀行から三〇〇万円の融資を受ける段階から本件建物の建築及びその資金の返済方法に至るまですべての手段方法を含めて訴外下村及び細矢に一任したのであるから、その経過中における本件建物についての保存登記、担保権設定行為はすべて右訴外人等による原告の代理行為に含まれ、前記被告岩代名義の保存登記及び被告銀行のための担保権設定行為がたまたま原告の意思に反していたとしても右包括的な代理権行使について権限の超越があつたに過ぎず、その超越していたことを被告銀行としては知らず、右訴外人等の代理権行使の結果を正しいものと信ずる正当な事由があつたと主張する趣旨に理解することはできないでもない。しかし、そのように解したとしても、証人加藤政夫、大出幸雄の各証言及び同各証言によつて真正に成立したと認める丙第七号証によれば、被告銀行は前記三〇〇万円融資の場合と同様訴外下村及び細矢らの申出に応じて本件建物について前記担保権を設定する前に改めて本件建物の現場に臨んで調査をし、その敷地の借地関係まで調査対象としていたこと、本件建物は原告居住の家屋敷地内の正面入口近くにあること、しかもその調査員はその敷地関係については借地契約書をみることもなく、地主にあたるべき原告に直接確めることもなかつたことが認められ、原告本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、被告銀行員の右調査の際はすでに原告を貸主とし、同人に敷金等を差し入れた間借人が入居していたことが認められるので、その調査に当つて少しく本件建物の所在場所と同建物所有名義者との関係、入居者の有無、その貸室条件などに注意を払い、その担保力に多大な影響のある貸金条件を入居者について借地権関係を敷地所有者の原告についてそれぞれ調査したならば、本件建物の真の所有者についても疑問を抱く機会を有し得たといつても難きを強いるものとはいえず、被告銀行が前記のように信じたとしてもその信じたことに正当な事由があつたとするのは困難である。もし、本件建物について被告岩代のための保存登記があつたことに右信頼の重要な根拠をおいたとするならば、不動産登記に公信の原則の適用のない一般法理によつて被告銀行は保護を受け得ないとするの外はない。

4  以上のとおりであるから、被告岩代がなお本件建物について信託契約による権利の主張をしている本件ではその信託契約の有無または保存登記に関する仮装行為の関係などを判断するまでもなく、同被告及び被告銀行との関係で本件建物が原告所有に属することの確認を求める原告の請求、被告岩代に、同被告のための原告主張保存登記の抹消登記手続を求める請求、被告銀行に同銀行のための原告主張根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続を求める請求はいずれも正当として認容すべきであり、被告岩代に、本件建物所有権に基づいて同建物についてなされている被告銀行のための右根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続を求める請求は、同被告においてその抹消をなすべき権利義務関係にないので当事者としての適格を欠くものとして不適法却下を免れない。

(以下省略)

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